2011年11月23日水曜日

生徒たち

こんばんはー。

だいぶ気温が下がってきて、夜ちょっと肌寒いかなという感じになりました。
でも昼はまだまだあったかいし、去年この季節、アンマンでストーブ出してたから、それを思うと、すばらしい!
夏は、本当にふらふらするくらい暑かったけど、これからはここじゃわー。


さてさて、最近職場(職業訓練校)で、「仕事は大切!」授業をしています。
ヨルダンでは、特に地元でも、職業訓練校での自動車整備や溶接など職人系の仕事は、低く見られていて敬遠されがち。

なので、どんな仕事も大切だし、そもそも仕事って何のためにするの?働く時に大切なことは?というようなことを伝えようと思って。
会社で働いていた時も同じ趣旨の研修をしてたので、なんだか懐かしさもありつつ、先月はせっせとパワポを作ってました。
もちろんアラビア語だけど、アラビア語も読めない生徒が多いし、私もうまく話せないので、絵をたくさん入れて!

こないだブログで少しお話しした英語の先生のイーサが、授業では僕が訳を手伝うと言ってくれて、心強くスタートしました。前は、自らそんなこと言ってくれなくて、「いつもつかれています」(この日本語を教えてと言われたのです)と言っていたけど、最近、ほんと、ちょっとずつ変わってます!
↓最近やる気のイーサ

そして生徒も素直!16~18とかって日本だとひねくれたりもありそうだけど、ここの子はほんとに素直。
やんちゃな子も、私のつたなすぎるアラビア語でも、うん、そうだとか言ってきいてくれます。

授業の最後に、10年後毎、何がしたいかシートを書いてもらいました。これは結構個人的な興味と、あと受け身じゃなくて何でもいいから自分で考えて書いてほしかったから。
なので、書いてもらう前にも、「自分がどうしたいかを自分で考えて!それが一番大事なんだよー。」と言いまくりました。

そして、さあ書いてというと、書き始める子はわずか・・・。
そうだ、そうだった。アラビア語が書けないのです。自分の言葉なのに、10年も学校に通ったのに。
でも、これは彼らのせいとはいいきれないと思う。学校に行けばわかる。
先生が、ちゃんと生徒に対して授業をしてない。(もちろんしてる先生もいるけど)


かけない子には、口頭で聞いて代わりに書く。 最後に、前に出て発表してもらう。
大多数の子が、「仕事をする」「結婚する」「家を建てる」「孫ができる」だったけど、うーん、あまり選択肢が多くないんだろうなあ。実際、この街を出ていく人も多くないし。

中には、「自分で店を開く」とか、「サウジアラビアで働く」とか言った子もいました。
「絶対、アンマンの白い肌の娘と結婚する」とか。コンプレックスを持っているのかなあ。
確かに、他の街の人は、この街の人を「黒い、黒い」とやや馬鹿にしている感じで揶揄しているし、私がゴールにいるというと、概して「えーっ、かわいそうに」という反応になる。
ヨルダンの中で、こういう漫然とした状況があるのは、やはり嫌だ。

授業が終わった後、イーサが「エクセレント」と褒めてくれた。やはり嬉しい。
この人に褒められたのは、初めてだ。
そして、生徒もかわいい。2年生の子が最近職場に来ると、「仕事、休んじゃだめよ」とか言いつつ、嬉しいなあと思い、ついつい話してしまう。

この子たちの未来が明るいものでありますように。




2011年11月2日水曜日

倉敷とゴールサ―フィー

こんばんはー。

毎週末、結婚式ばかりで今日は家のまん前でアラブ音楽が大音量・・・。
踊ってきたけど、今日寝れなさそう。

さてさて、先月はじめに、出身の倉敷市と共同で、倉敷とゴールサ―フィーの子供たちに、インターネットで交流してもらうというイベントを実施しました。
私の活動先は職業訓練校だけど、対象は小中学生だったので、地元の小学校で開催することに!
準備や運営は一人なのでそこは大変だったけど(引率の先生も、うちのカメラで遊んでたしなあ。)、でも、初めての経験に子供たちは大興奮☆

そして、先週妹たちが、倉敷の子供たちの書いた手紙を持って、ヨルダンにやってきてくれました。
学校で、参加してくれたこどもたち一人一人に渡し、返事を書いてもらいました!


手紙を書くということがあまりないのか、うーん、なんて書いたらいいんだろうって悩んでる子も多かったけど、「私は、青色がすきです、ご飯ではインドミー(カップラーメン)がすきです。」とか、色々自分なりに工夫しながら書いてました。


倉敷の子供たちに手紙が届くのはもうすぐ。喜んでもらえるといいなあと思います。

さてさて。
気持ちのよい秋の毎日を送ってます。畑も緑になってきて、青い空と山の風景がきれいで。
活動後は、ありがたいことに毎日色んな家で、こどもたちやおばちゃんたちと過ごしてます。
星空の下で即席の英語教室したり、肩が凝ってるおばちゃんをもんであげたり。
おばちゃんたちと、誰誰がもうすぐ結婚よとか話したり、年頃の子と恋愛の話をしたり。

日本で働いていた日々を思うと、こんなのんびりしてていいのかなあと本当に思うけど、帰ってからの不安もあるけど、こんなに穏やかで色んな人に日々日々感謝して楽しく過ごせる毎日はそうそうないなあとも思う。
ありがたいことだ。

こないだ、歩いてたら、英語教室に来てくれている女の子が駆け寄ってきて、これ、ママからプレゼント!と言って、スカーフをくれました。特に何をしたってわけじゃないのになあ。その気持ちがありがたい!!!

最近はおくら料理が増えてきました!おいしい!

 活動でも嬉しいことが!
 同僚に、ソフトスキル(英語も)を教えるはずのイーサと言う先生がいて、38歳、独身、家が貧しく兄弟を支えないとだめで結婚は無理みたい。この先生は、人生にちょっと後向きで、そのせいなのかあまり授業もしてなかったんだけど。
 

それが今年は!英語の授業、ちゃんと継続してやってます!
やり方が、それ!うちがやってるのと一緒じゃん!とちょっと思ったけど、でも私がするより、本当の先生がやる気を出して継続してすることの方が、よっぽど意味がある!

イーサの英語の先生としてのプライドとかがくすぐられたから、やる気になったんかな。

いい授業だったねえと言ったら、教えた日本語で「わたしは、えいごのせんせいです」と言ってた。

よかったよかった。続きますように。

2011年10月19日水曜日

秋、ヨーグルト

こんばんはー。

ようやく暑さが和らいで、秋がやってきましたー。
去年はこの時期アンマンにいて、暑さが過ぎたと思ったらすぐ寒くなってたけど、
ここは、本当に気持ちがよくて秋な感じです。

秋だからなのか、前は20人くらいだった英語教室に、30人、40人と毎週どんどん増えて、日にちを増やしたけど、この間はついにこどもたちが70人!
もっと日にちを増やそう。
こっちの子供たちは注意されても懲りないし、とにかく静かにしてくれない。
日本のこどもたちと何でこんなに違うんだろう。
文化だけではない気がするなあ。
大人だって同じなとこあるし、そんな大人を見て育つから余計かなあ。

今朝、校長が生徒たちに、「ここは訓練するとこなんだから、ルールは守らないとだめだ。例えば携帯は禁止。」
と言ってて、おお、ちゃんとしたこと言っとる!と思ったら、リラリラリラランと陽気なアラブ音楽が。
校長はすかさず、携帯にでてしまって「元気元気!今、大丈夫だよ。なになに?」と話し始めちゃいまいた。
それじゃ、だめだわー。

秋といえば食欲の秋!
最近、多いのがこの鶏の手です。
でも、コラーゲンたっぷりで体にいいよ!と言われるんだけど、どうもすきになれん。
こんな小さい子も、おいしいそうにかじりついとるんじゃけど。









まあ、でも散歩も気持ちいいし、こどもたちも元気だし、ほんといい季節じゃわー。


さてさて話は変わるけど、ここはムスリムの方ばかりです。
私の周りのムスリムは、イスラム教が一番、それしか正しくないと思っているので、毎日のように、「イスラム教はいいよー。天国にいけるんだよー。あなたも早くムスリムになりなさい。」と言われます。

同僚、アラファト

なので、こっちも聞いてみました。
「アラファト、そんなに天国がいいって言うけど、天国にはいったい何があるん?」
「うーんと・・・・、ラバン(ヨーグルト)!」
えええー、ヨーグルト。
この答えには、ちょっと笑ってしまった。
だって、そんなつらい断食だって、天国に行くためなのに、そこにあるのはヨーグルト?

まあ、何が天国にあるかが重要なんじゃなくて、天国にいけることが一番大事なんだろうけど。


今月、日本から友達が2人、来てくれました!
たくさんのヨルダン人の家にお邪魔してもらってすごいハードスケジュールで申し訳なかったんだけど。
5月に来てくれた友達も、今回の友達も、わざわざこんな遠いところまで来てくれて、ほんとに嬉しかった。
久々に、今日本にいる人と話して、色々考えました。
うーん、やっぱり日本で早く働きたいなあ。と思いつつ、残りのここでの時間を大切にしようと思います。

2011年10月10日月曜日

雨降り、スレイマ-ン

こんばんはー。

結構ご無沙汰してしまいましたが、お元気ですか?

こちらは、なんだかちょっと秋模様です。

先々週、雨が降りました!
雨のザーッって音と、それよりもこどもたちのすごい歓声で。
こっちは、全然雨が降らないので、みんな雨が大好き。
雨が降ると、こどもも大人も、「ヘルー(すてき)」といってます。

そして、雨が降ると恒例、停電が。今回は結構長かったなあ。
それもたいしてなんともならなくなりました。
ここではそれが普通だしなあ。

職場の職業訓練校も、9月末から授業がはじまりました。

 去年は違う訓練校にいたので、ここではじめての新学期。
 最初の1カ月、オリエンテーションで、自己紹介・他己紹介から始まり、
 一通り色んなコースを順番に体験していきます。
  
 そして、やる気がないなあと思われていた先生たちも、
 おおっ!ちゃんとしてます。

 ここで働き始めて8カ月。
 始めて授業をしているのを見た先生もいました。


やる時はやるじゃんと思って、「すごくいい授業だったよ」と言ったら、
まあね、みたいな感じだったけど。

とそんな先生ばかりでなく、すばらしい先生も。
その名はスレイマーン!(右のピンクの人)

今までに、学校や大学や会社や旅先やいろんなところで、
「すごい人に会えたなあ、この人に会えてよかった」と思う人は、もちろんたくさんいたんだけど、スレイマーンは、本当に、会えてよかったなあと思う。

ヨルダンは学歴社会なので、大学出ではないスレイマーンには華々しい将来は多分ない。
でも、彼は本当に教育者なんです。
まず、手を挙げない。(ヨルダンは、普通にたたきます。学校の女の先生も、棒をふりまわしてる)
怒鳴りあげない。言い聞かせる。生徒と話をする。生徒の話をきく。生徒の心に寄り添う。

これだけ書くと、日本にはたくさんいらっしゃると言われそうですが、ヨルダンにはそんな先生はあまり、滅多にいません。

今日、スレイマーンの教室で、最後に「今日、何を理解したか、一言でもいいから言ってから帰りなさい」となりました。
でも、最後まで5人くらいは、何も言わなかった。
「じゃあ、何でもいいから感じたことをいいなさい」となって、一人一人帰って行きました。

残ったのは、一人ムハンマド君。
彼は、言葉を言おうとしても震えて発することがなかなかできなかったんです。
スレイマーンは、「こわがらなくていいから、名前を言って。どこに住んでる?」と聞きました。
なんとか、ムハンマドは答えて、スレイマーンは「恐がらなくていいんだよ。自分も以前はそうだったけど、ゆっくり練習したら今のようになった。ちゃんと言えたよ、偉いよ。」と肩を叩いていました。

そのスレイマーンの姿勢と、ムハンマドの目がちょっとうるうるなってて、うちも涙が出そうになりました。
多分ムハンマドに、これまでそんな風に接した人があまりいなかったんだと思う。

うちも、ちゃんと成長しないとなあ。

2011年9月14日水曜日

結婚式、武道、水がないー

こんばんはー。

ラマダンが終わって、ラマダンの後のイード(日本でいうお正月休み?)も終わって、普通な日々が始まりましたー。

ラマダン中に停滞しまくってた活動もぼちぼち再開。まあ、それはまた。

こないだ、アンマンで友人の息子さんのオロス(結婚式)に行ってきましたー。
一家はパレスタイン(パレスチナ人)で、皆、大学出ていて息子さんは今、エンジニアでサウジアラビアで働いています。
そんなご家庭なので、結婚式も任地で行くのとは違いましたー。
日本のすてきなガーデンウェディングみたいな感じ!

オープンカーで新郎新婦登場!
とりあえず踊りながら会場へ


新郎新婦!
女性の会場、男性はお庭でした

地元での結婚式は、数日続くけど、今回のは1日。やはり都会だとそうなっていくんかな。
流れはこんな感じ。

①まず、新郎・新婦それぞれの家で夕方からとりあえず踊る
②バスや車何台もで、新郎を筆頭に、新婦の家へ迎えに行く。この時に、クラクションを鳴らしまくる
③両家とも車数十台+バス数台で、結婚式会場へ。もちろんクラクション連発。車やバスの中で踊りまくる
 皆興奮しすぎてて、ちなみにこの時は乗ってた車が事故っちゃいました。無事だったけど。
④会場へ着くと、男女一緒に新郎新婦とともに、踊りながら中へ
⑤男女それぞれの会場で踊りまくる。女性はこの時は、ヒジャーブ(髪を覆う布)を外し、肌を出したドレスを着て踊りまくってます
⑥新郎新婦はまず男性会場、その後女性の会場へ。新郎がくるときは、「新郎がきますよー」とアナウンスが流れ、皆一斉にヒジャーブや上着を着ます
⑦それぞれの親族が新郎新婦に挨拶をして、友人も挨拶をして、再度皆で踊りまくる

とまあこんな感じ。とりあえず踊りまくってるのです、いやいや、楽しかったー。
でも、友人は「かなりの出費だったよー」と言ってて、会場には2500JD払ったらしい。(公務員の給料が300JDくらい)
地元では、結婚式に使うのはこの10分の1くらいだそうなので、やはりすごかったんだと思う。

パレスタインの人なので、パレスチナの踊りや歌もたくさんありましたー。昨日、パレスチナから今日のために来たのよという親戚もいたなあ。

地元に帰って写真みせてーと言われたので見せてると、「やっぱり、自分たちとは違うんだなあ」という感嘆のような諦めのような反応も。それは、都会に対してもだし、パレスチナの人に対してもなんだと思う。
楽しかったオロスじゃけど、やっぱりヨルダンの中でも格差ってあるなあと、すごく感じました。

話は変わって、こないだ友人のイラク人(ヨルダン在住)が、
居合道を習っているというので、見学に行ってきましたー。

道場には緊張感があって、日本語で「いち、に、さん、し」とか、「始め!」とか、「先輩から!」とか言ってて、おおおーって思いました。

他にも剣道や柔道や空手の教室もあって、日本の武道ってすごいなあと改めて実感。空手の道着を来てる子、よく見かけるしなあ。


もうひとつ。こないだのイード休みは、ずっと行きたかったワディムジブ(渓流下りみたいな)と、近所の渓流(用水路)に行ってきましたー。

水がなくて困ってるヨルダンだけど、水、ありました!そして楽しかったー。

←ワディムジブ
                        近所の用水路→


でも、今は水がないー。
昨日から水がとまってます・・・。あーあ。
近所の仲良しの家が、もう4日くらい水がとまってて、毎日せっせと水を運んだり、皆にシャワー浴びてもらったりしてたら、今度はうちが・・・!
アフリカとかもっと大変なとこもあるのはわかっとるけど、でも、水出てほしいー。

そうそう、来月、倉敷市と共同で交流事業みたいなのをさせていただきます。
お時間ある方、ぜひぜひー。子供さんが対象なんですどね。

2011年8月23日火曜日

イラクの人々、砂漠のお城

こんにちはー。

こっちは相変わらず暑くて、そしてラマダンです・・・。
突然ですが、ヨルダンは国民の70%以上がパレスタイン(パレスチナ人)で、そしてイラクから避難してきたイラク人の方も多く住んでいる国です。その数、はっきりとはわからないそうなのですが、50万~100万?。

昨年、イラク避難民の支援をされているNGOの方と偶然知り合いになって、それ以来、時々イラク人の家族やこどもたちに英語を教える活動をしています。
イラク人の家族のアブーフセインは、戦争のときに片足を失っていて、なんだかあんまり詳しくは聞けないけど・・・。
今はアメリカに行く審査を受けているところ。今は、UNの援助とNGOからの援助で生活しています。

別の若い男の子(19歳)はイラクで誘拐された経験もあったりで、将来に対しても希望もなく、そういう様子が接していて伝わってきて、当たり前だけど、命が助かったからいいってわけではないんだって当たり前なんだけど、すごく思います。

という経済的に苦しい状況の方もいらっしゃれば、イラク人の富裕層の方ももちろんいます。
私が仲良くさせてもらっている2家族はイラク戦争前、湾岸戦争後の経済封鎖が厳しくなった頃から既にヨルダンで生活していて、大学に通ったりこっちできちんと会社で働いています。

ラマダンのイフタールに招待してくれてそれぞれのおうちに遊びに行ったけど、とっても豪華で、そしてイラク料理、おいしかったー!特にケバブ!

もちろん経済的に貧窮はしてないけど、例えば大学の合格も一般の点数とそれ以外にイラク人の枠があったりと厳しい条件だし、就職も院を出ていても厳しいのが現状。よくはわからないけど、ヨルダンの国籍を取るのはとっても大変らしく(高額なお金が必要?)、ヨルダン政府としてもいずれはイラクに戻って行ってほしいという風に思っているんだろうなあ。



イラク人のママは、「バクダッドは歴史のある本当に美しい街で、きっと数年後イラクに戻れるようになるはず。必ず戻る。」とずっと言ってました。

アメリカへ行く申請をしているアブーフセインは、「そりゃ戻りたい。でも身の危険があって戻れない。アメリカには行きたくていくんじゃない。でも家族もいる、それしかない。」って。
本当に色々考えさせられるし、考えんといけん。


さてさて、こないだふらりと一人で砂漠のお城をまわってきましたー。
でも、公共のバスが通ってなくて、何度もヒッチ、結構きつかったなあ。
サウジからのトラックばかり通ってて、トラックが停まってくれました。運転手は1台目がインド人、2台目がフィリピン人。
ドライバー職もヨルダン人ではないんだなあ。ちなみにフィリピン人の月給は400ドルだって。

アズラック城 アラビアのロレンスも滞在したらしい

国境への道はどちらもトラックがひたすら続いてました


一番よかったのは、アムラ城!(世界遺産)。天井や壁の画がすごかった!     


   

2011年8月8日月曜日

ラマダン、カリーム☆


「私も断食してるよ」誇らしげなサーラ

ラマダン、カリーム☆

今月から、ラマダンが始まりましたー!
ラマダンというと、みなさんご承知の通り、
日の出から日没まで、水も食べ物も唾さえも飲んではだめというあの断食月です。
口紅もだめよと言われたから、まあありとあらゆる欲を抑えるということなんかな。

と書くとつらい苦行みたいじゃけど、それはすべて「アッラーのために」なので、みんなのアッラーへの愛は増し、ラマダンはすばらしい!となるわけです。
  
という私も、今年はラマダン(断食)をしています。いえいえ、ムスリムになったわけじゃないです!
 去年よりヨルダンの人との距離が近いせいか、というかアンマンに行かない限り、ここにはヨルダン人しかいないし、郷に入っては郷に従えくらいな、軽い気持ちです。(アンマンで日本人と会うときは食べまくります)

でも、断食はやっぱり結構きつい。
初日がたまたますごく暑くて50度近くあった日で、本当にすごくつらかった・・・。ペットボトルをじっとみては、いかんいかんと冷蔵庫に戻すのを何度もしてました。
職場でも皆口きかず、お互い向かい合って椅子に座って、ただただ息をしてました・・・。
これじゃ仕事どころじゃないけど、本当にビジネスしとる人はどうしとるんじゃろう。

今、やっと1週間経ち、だんだん慣れてきました。
断食といっても、日没後(19時半)から日の出前(4時半)までは食べていいし。
イフタール(日没後の食事)は招待するのが名誉なのか、皆誘ってくれ、しかもご馳走☆
勤務時間は短くなるし、夜はお祭り騒ぎみたいに皆わいわいしてるし、まあまあ何やら楽しいです!


ラマダン中限定のお菓子「カターエフ」
外でゲームに群がるこどもたち











断食してる?って聞かれました。
してるよ!って言うと、「よろしい」だって。
ヨルダンは90%以上がムスリムじゃけど、それ以外キリスト教徒の人もいます。
でも、その人たちも日中公衆で、水を飲んだり、煙草を吸ったりしてはだめらしい。逮捕されるとか。また、ラマダン中はお酒の販売も禁止。
うーん、キリスト教徒にとっては住みにくいだろうなあ。同じように自分の国なのになあ。
そういえば、クリスチャンで今アメリカに住んでるアーメル君が言ってました。
「ここは自分の故郷だけど、でもすごく肩身が狭い。」

ここでの同僚や友達やおばちゃんたち皆大好きだし、イスラム教は平和な宗教で好きだけど、ちょっとーと思うのは、皆ムスリムが一番で、何よりも卓越していて、そして時に押し付けること。
自分が信じる以外もちゃんと認める「寛容さ」ってすごく大事と思うけどなあ。
特にラマダンに入ってから一層、「ラマダンすばらしい。ムスリムいいよー。何で、ムスリムにならんのん?」の毎日です。
ふううー。

日本人はというか私自身、宗教に対して漠然としすぎてて、あまり意識してないもんなあ。でも、そんなことは絶対に言えない、というか話しても理解してもらえん。
でも、中国人の友達は、「でもみんなムスリムというけど、自分で考えて選んでムスリムになった人が何人いる?」と言ってました。うーん、考えさせられます。

今夜の1時すぎ。ちょっと寝て、4時半に水飲んで、またちょっと寝て活動に行きまーす。

夕焼け、ほんとはもっときれい

英語クラスのこどもたち(7月限定in NGO)